1984年(昭和59年)2月。当時を知るゴハチファンならずとも忘れられない日となったこのダイヤ改正。当時のEF58は東京・広島機関区を除いて主に荷物列車の運用にあたっていましたが、全国的な貨物列車の削減による機関車の余剰、荷物列車全面EG化、そしてEF58自体の老朽化に伴い一気に廃車へと追い込まれていきます。
この2月の改正時では信越線で活躍していたEF62が、EF58に代わり東海道・山陽本線の荷物列車を担当することになりましたが、受持区の変更(浜松・米原・宮原から下関)や暖房方式の変更に伴う問題点やEF62が元々所属していた高崎二区にとっても改正時点まで機関車が必要だったこともあり、必要両数が下関機関区に届くまで暫定ながらEF58が各所から集結し荷物列車を担当したというエピソードがあります。
その当時、私は高校生。暇はあるがお金がない状態でしたので(笑)、撮影地はもっぱら自宅から近い東淀川〜吹田間。国鉄敷地内に入りかなり過激な?方法で撮影したりしましたが若気の至りと割り切って見ていただきたいと思います。(汗)
このホームページでは当時、私が追っていたゴハチのすべてを当時の所属機関区別に分けて載せてみました。下記の機関区名から所属機関区のページへ入ってください。尚、現在公開しているのは浜松機関区・米原機関区・宮原機関区・竜華機関区です。今後順次他機関区も公開していく予定です。
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