キハ181系を求めて
山陰周遊の旅
 


●日 時:2003年(H15)9月3日
●天 候:晴れのち曇り
●メンバー:まこっちゃん、てる


●コースと乗車記録
 新大阪7:10−(ひかり355号)−8:01岡山
 岡山8:54−(いなば1号)−10:57鳥取
 鳥取11:04−(スーパーくにびき3号)−12:19米子
 米子12:22−(とっとりライナー)−14:04鳥取
 鳥取14:24−(538D)−15:06浜坂
 浜坂15:54−(180D)−16:18香住
 香住16:53−(はまかぜ6号)−20:12大阪

当時の82系「まつかぜ」
 思えば今回の旅をするまで在来線の特急に乗ったのは小学生の頃、大阪から出雲市まで乗ったキハ82系「まつかぜ」と381系「やくも」と「くろしお」と787系「つばめ」、そして新婚旅行の時に乗った281系「はるか」だけ。意外と乗ってないことに気づいた。今回はそんな穴埋めをするわけではないけれど山陰の特急列車を3連発で乗ってきました。
 今回一緒に出かけたまこっちゃんとは中学校からの古い友人。当時から鉄道については何かと語り合った中で、社会人になってからも話といえば鉄道という間柄。今回はこの10月にダイヤ改正でなくなるという「181系いなば」と「187系スーパーくにびき」、そしてこれはなくならないけれど乗っておこうといいうことで「はまかぜ」を一筆書きで効率よく乗車する旅に出かけたのです。
 当日、ぶっつけ本番でこれだけの切符を買うとなると、駅員さんもとまどって時間がかかるのではないか?ということで事前にキップを購入。
 本当は周遊キップの山陰ゾーンを購入予定だったのですが、岡山から「いなば」に乗ってしまうと往路の条件からはずれてしまうということで、泣く泣く通しのキップに変更しました。(ToT) ということは乗車券で新大阪−岡山、岡山−(鳥取経由)−米子、米子−(鳥取・和田山経由)大阪という3種類を買って、あとはそれぞれの特急券を購入し当日に備えました。


【7:10】新大阪駅を出発
 当日は晴れ。新大阪駅の新幹線改札口に6時50分に待ち合わせ。今年の9月は異常に暑く、この日もすでにTシャツは汗でべっとり。蒸し暑い構内を素通りし、まずは新幹線で岡山へ向かう。
 ひかり355号はJR西日本が誇るひかりレールスター号だ。ところが全車両4列シートだとばかり思っていたのに僕らが乗った車両は5列。これって????。 車両は満席。ほとんどはビジネスマン。定刻に発車〜!。

まずはひかりレールスター

【8時01分】岡山駅到着
 途中、新神戸、姫路と停車し定刻に岡山へ到着。
 階段を下りて在来線連絡改札口を抜け14番線ホームへと向かう。「いなば」の撮影をゆっくりしたいということで余裕を持ってひかり355号にしたのだけれど、よく考えてみればそんなに早くから「いなば」が入線しているわけではなく、結局入線してきたのは出発10分前でその間、待ちぼうけ。それまでの間に各方面から到着する列車をデジカメに納めてまわる。吉備線や因美線にはキハ47系が元気に走っている。反対側には2000系特急「南風」がアンパンマン塗装で到着。なんだこりゃ??。

JR西日本カラーのキハ47系 アンパンマン塗装の2000系南風  岡山近郊を走る103系

【8:46】181系「いなば」入線
 そんなこんなしているうちに「いなば」の入線時間が来た。案内放送があり西からポイントをうねらせ「いなば」が現れる。このディーゼル音を聞くと181系だなぁと思える。
 思えばこの岡山駅、昔「やくも」が381系に換わるときにも来ている(詳しくはこちらをクリック)。今回もそう。何か因縁を感じざるを得ない。
 そんな頃に比べればたった3両というモノクラス編成で運用されている今の姿が侘びしいように感じられるが、昔のことを思い出していても仕方がない。今は今と割り切って最後の力走を味わってみようと思う。

1982年に撮影した181系「やくも」 まもなく終焉を迎える181系「いなば」

【8時54分】岡山駅を発車
 3両中先頭車は指定席、後ろ2両は自由席で僕らは自由席に陣取った。乗車率は50%ほどで平日にしてみればいい方ではないだろうか。内訳はビジネスマン10%と観光客50%、一般客20%で残りは僕らを含めていかにも鉄道ファンという人が20%という構成。車内もそうだが沿線にもカメラ屋ビデオを構えた人が多かった。
 いよいよ181系「いなば」が出発する。昔からよく見ていた車両とはいえ乗るのは初めてとあって気持ちが高ぶる。
 ふっと動いたかと思うとディーゼル音を響かせて重量物を運ぶトラックのように力強くゆっくりとホームを滑り出した。
 まもなく車内放送が始まり停車する駅と時刻を知らせている。車内放送が始まる前の「ポンポロンポ ポンポロンポ ポンポ〜♪」と昔ながらのオルゴール音は健在で優等列車(昔は急行列車にもあった)に乗った気分にさせてくれるのは嬉しい。
 「いなば」は快適に飛ばし定刻に上郡駅に到着した。

  
14番線に停車する「いなば」   サボには智頭急行線経由とは書かれていない

 
 50%ほどの乗車率 お世辞にも綺麗とは言えないが
国鉄時代から引き継いだ車両だと
思わせてくれるものがある

【9時35分】上郡駅発車
 「いなば」はここで方向転換し最後尾車が先頭車になる。乗客の一部は要領よくシート下のレバーを踏んでシートを回転させ進行方向に向けている。上郡駅からも数人乗客が乗り込んできた。
 進行方向を変えた「いなば」は発車した後、スロープを駆け上がり山陽本線を越えていく。トンネルを抜けて千種川沿いに373号線と平行しながら北へと進む。
 智頭急行線にはいるとさすがに軌道が良くなりロングレールの効果もあってか飛ばしているのに振動が少くなる。まるで氷の上を滑るような感覚で373号線を走る車をどんどん抜き去って行った。

今回購入した切符の一部 智頭急行線にはいると山並みが近くに見える 検札が始まった
 
 車両の通路扉が開いて車掌さんが入ってきた。検札だ。この検札があると優等列車気分になるのだが、あとの「とっとりライナー」でも検札はあった。(--;) 
 列車は順調に進み、ガクン!とスピードが落ちたかと思うと左から1本線路が合流してきた。姫新線だ。あちらは赤茶けた枕木に所々雑草が生えていかにもローカル線の感じがプンプンする。個人的にはそんなローカル線が好き。佐用駅に到着。
 次の停車駅は宮本武蔵駅。他の特急列車は停まらないようだがこの1号だけ停車するようだ。某国営放送の大河ドラマで一躍有名になった宮本武蔵生誕の地だけに、一時は一世を風靡したようだが今ではどうなんだろう?。それでもそれ目当ての観光客らしき人たちが数人下車した。

宮本武蔵駅
観光客らしき人たちが数人下車した
沿線の駅には「いなば」が新型車両に置き換わ
ることを歓迎する横断幕も見られた
智頭駅で「スーパーはくと4号」と交換

 智頭急行線は国鉄時代に計画され一時は工事が始まったものの、国鉄の財政悪化のため工事は凍結。その後第三セクターとして生まれ変わり工事は再開され現在に至っている。第三セクターでは全国でも数少ない黒字を誇る会社だそう。その会社にとって「いなば」が新型車両に換わることは乗客増に繋がり願ってもないことでしょうが、鉄道ファンにとっては181系が無くなることは非常に残念なことでファンからは足が遠のくことは間違いない。
 そんな時代に計画された路線にしてはトンネルや橋が連続していて曲線が少なく乗り心地は非常に良かった。これが「スーパーはくと」だともっと乗り心地はいいのかな?。
 智頭急行線を智頭駅で別れを告げて今度は因美線を走る。もう軌道の違いは一目瞭然というか、軌道状態が違うとこれだけ揺れも違うのかと思わせるほどこちらはローカルな線路。(^_^; しかもスピードはガクンと落ちて横を走る車とスピードはどっこいどっこい。

【10時57分】鳥取駅到着
 2時間余りの旅も終わりに近づいた頃、車内放送が始まり連絡列車の時刻が読み上げられる。その頃になると右手に山陰本線が見え始めて高架で合流する。そして鳥取駅のホームに滑り込んだ。定刻到着。「いなば」の旅が終わった。…と感慨にふけっている時間はない。7分後に出発する「スーパーくにびき3号」へ乗り換えなければならない。
 「いなば」の撮影もほどほどに1番線から4番線へと急ぐ。

運転士の引き継ぎ

【11時04分】「スーパーくにびき3号」鳥取駅を出発
 ホームに上がるとすでに187系は停まっていて2両編成のうち後方の車両である自由席はほぼ満員。ほとんどがビジネスマンでこれにはビックリ。慌てて席を確保する。
 「スーパーくにびき」はこの10月の改正で名称が「スーパーまつかぜ」に変更になるために乗ることにしたのだ。
 この地の人にしれ見れば「くにびき」より「まつかぜ」の方が山陰を走る特急として知れ渡っているのだろう。僕個人的にも「まつかぜ」が復活することは冒頭にも書いたように思い入れが多い列車なので大歓迎だ。
 「スーパーくにびき」が鳥取駅を発車。強烈なディーゼル音が耳を包む。それに加速は鋭いが揺れる揺れる。アルミ車体になった結果、軽量化に成功したのかもしれないが、これだけ車内まで騒音が入り込んで来るのは特急車両としていただけない。内装もお世辞にも高級感があるとは思えず、これが本当に数十年も車体が持つのか疑問に思えた。
 
DC最新鋭機187系(まこっちゃん撮影)

 そんな車体も2002年にローレル賞を受賞している。
 先頭車両へ行ってみようということになり二人で行ってみると、1両目の指定席はガラガラで3名ほどだけで、展望のいい先頭座席も空いていた。そこで車掌さんにお願いして自由席切符から指定席券に変更してもらった。310円で1時間余り運転台を拝めるのだから安いものだ。
 お互い、デジカメやビデオカメラやと取り出して撮影開始。(^_^; 後ろでゴソゴソされている運転士さんはさぞかし気が散ったことだろう。

行き先を表示した電光掲示板ですが… ←わからないので拡大してみました

【12時19分】米子駅到着
 鳥取と米子の間は長い直線が多く、メーターを見ていると最高で110km/hまで出している。
 それぞれの通過駅を見てもポイントを改良して高速化に対応したものになっているのがわかる。
 山手側には今年の3月にできた一般国道9号青谷・羽合道路が走っているのがわかる。JRとしても高速道路網が発達してくれば、高速化に対応していかざるをえず、時代の流れなのかもしれない。
 1時間余り走り続けた「スーパーくにびき3号」も米子に到着。

「スーパーはくと」と交換 自由席とは対照的にガラガラの指定席 ハンディー端末機で出力された指定席変更券

【12時22分】米子駅出発
 3分で折り返しの「とっとりライナー」に乗るため地下通路を走る。もちろんだがすでに入線していてこちらも8割座席が埋まっている。「スーパーくにびき」とは違い、こちらは快速列車らしく地元の方がほとんど。反対側の座席に座ったおじいさんは咳が激しく途中で呼吸困難になるのではないかと心配になるほど咳き込んでいたが無事倉吉で降りていった。(^_^;
 この「とっとりライナー」はキハ58で運用されていて昔ながらの国鉄色が泣かせる。往年は「だいせん」や「大社」「白兎」など山陰を代表する急行列車に使用されていたがキハ58だが、その急行列車が激減し働き場が隅へと押し寄せられた格好だ。それでもこうして元気に走っている姿を見ると嬉しくなる。
 空模様が怪しくなってきた。予報では前線が日本海側を停滞しているという。晴れていればよく見えるはずの大山も雲の中だ。

ヘッドマークも誇らしげな「とっとりライナー」キハ58

古き良き時代を象徴するかのような運転台 アナログな扇風機も健在だ 連結器付近から見えた国鉄時代のプレート

雨雲が立ちこめて大山は見えず 鳥取行きのキハ47系とすれ違う

【14時04分】鳥取駅到着
 再び鳥取駅に舞い戻る。今度は20分ほど乗り換えに余裕がある。その間に遅いお昼を立ち食いでうどんを頬張る。
 今度はキハ47系の普通列車浜坂行きだ。ワンマンカーで何と車内に電光掲示板の料金表と整理券器まである。もう何年も前からあるのかもしれないが、こちらは数年ぶりの山陰とあって、まさに浦島太郎状態。

【14時24分】鳥取駅出発
 低く唸るディーゼル音。そしてなかなか速度が上がらない車体。本当は窓を全開にして外の風に当たりたかったがクーラーの効いた車内ではそれもままならない。

ローカル線の主役 キハ47系

路線バスと同じく電光掲示板の料金表が…

【15時06分】浜坂駅到着
 538Dが浜坂駅に到着すると反対側のホームに豊岡行きの普通列車が待機していた。1分後乗り換えの乗客を乗せてすぐさま走り去っていった。僕らは次の列車でも充分余裕があるので待つことにした。
 普通に考えれば鳥取から豊岡まで直通で通せばいいと思うが、餘部鉄橋での転落事故があって以来、風速規制をしているために直通で列車を通すと通行止めになった場合、ダイヤの乱れが全体に広がるための処置だと思われる。
 お昼は食べたもののうどんだけではもの足らず、駅前に出て食堂を探すが閉店が多く結局コンビニでパンを買って食べた。
 ホームには立派なスタンプ台が設置してあったが肝心のスタンプはなかった。今日降りた駅のどこかもなかったなぁ。盗難防止のためかなと思ったり。その昔は僕は駅スタンプの収集(もちろんスタンプを押した紙)に明け暮れていた頃もあり、今でも廃止路線を中心に300〜400ぐらいの駅スタンプを持っている。いずれはホームページに載せようかと思っているがスキャナをするのが面倒なので今のところ見通しは立っていない。(^O^;

スタンプ台にはスタンプがなかった
盗難防止?
形式はわからないが除雪車両
らしきものが放置されていた


【15時54分】浜坂駅出発
 先ほど出発した豊岡行きと同じホームに豊岡から来た177Dが到着した。これがそのまま折り返しで豊岡行きとなる。
 この区間には上記に書いた餘部鉄橋がある。餘部鉄橋は想い出があり自分が中学生の頃友人と、山陰ワイド周遊券を使ってローカル線をくまなく回っていたときのこと。 当時走っていた夜行客車鈍行「山陰」に乗ったのだが超満員で座席に座れず仕方なくドアが開けっ放しのデッキで過ごしていた。真夜中にこの餘部鉄橋を通過したのだが真っ暗な足下を遙か下に民家の光が点在し鉄橋を渡る轟音を聞きながら手すりにつかまって見ていた。 そんな餘部鉄橋を今はクーラーの効いた車内から眺めている。
 急にまこっちゃんが窓を開けて餘部鉄橋の下を撮影している。僕も同じく窓を開けて撮った。

香住まではキハ47 2号機!


いよいよ餘部鉄橋にさしかかる
丸鏡はワンマン車の必需品?
2階建ての民家が小さく見える

【16時18分】香住駅到着
 次に乗る「はまかぜ」はここ香住から発車する。そのため180Dはここで降りる。反対のホームにはすでに「はまかぜ」が到着し出発を待っている。しかし、出発までに時間があるので駅前に出て土産物でも物色しようと思ったが、ここもやはり人っ子一人いない無人と化した街になっている。冬のカニか夏の海水浴シーズン以外は稼働していないみたい。(^O^;
 何もすることがないのでホームに戻り、「はまかぜ」を観察がてら撮影する。よくみると長年の傷があちこちに見られる。製造から30年余りがたち仲間の車両は次々に廃車へ追い込まれる中、よく頑張っていると思う。
 発車20分前に扉が開き中にはいる。「いなば」と比べてこちらの方が若干だが整備が行き届いていて綺麗な感じがする。

最後の締めくくりは181系「はまかぜ」



カニ食べてぇ〜

【16時53分】香住を出発
 4両編成ながらグリーン車を併設し後ろ2両にある自由席の一部を陣取る。と言ってもこの時点では1車両に僕らを含めて3人ほどしか乗客はいなかった。
 この「はまかぜ」の車掌さんは女性。そうソワニエだ。もちろん車内放送もこの方が担当。女性の柔らかい声と対応は気持ちがいい。
 そして定刻にがらがらのまま「はまかぜ」は大阪へ向けて発車した。
 この「はまかぜ」は和田山まで小刻みに停車する。そのたびに乗客が乗り込み和田山で8割ほどの乗車率になった。

米子からの通しの乗車券と「はまかぜ」用の特急券 城崎駅で見た電光掲示板

【19時00分】姫路駅到着
 播但線に入ると日も暮れ始め山並みを縫うように走り始める。山登りもする僕はこのエリアはよく登っている。夕暮れのシルエットに浮かび上がる山を見てはどこの山かなぁ〜と興味がひかれる。
 電化されている寺前までは路線は曲線が多くゆっくりとしたスピードで進む。が、寺前からは一気に速度が上がりタンタンと走る。そして姫路駅に到着。姫路駅では方向転換し逆向きになり今度は山陽本線を走る。時間が時間だけにすれ違う車両も多く、逆に進行方向も前がつかえているのかスピードが上がらない。
 スピードが上がったのは西明石をすぎてから。複々線になり前が空いたよう。最新鋭の221系・223系新快速が最高速度が130km/hで「はまかぜ」を追いかけてくる。さすがに新快速といえども特急列車を抜くわけにはいかないようで徐々に差を詰められるものの結局逃げ切る。
 「はまかぜ」は明石・神戸・三ノ宮と停車しそれぞれに乗客を降ろしながら最終大阪駅へと力走する。先ほどの話ではないが大阪駅まで乗る乗客は本当に少なくてここに来ると乗車率は一気に20%を割るほどだ。これを見ると「はまかぜ」は無くならないような気がする。

和田山駅から山陰本線と別れて播但線へ 播但線内は乗車率8割ほど 「はまかぜ」のソワニエの方は可愛い人でした(^^)

【20時12分】大阪駅到着
 塚本駅を通過すると車内放送が始まり大阪駅からの乗り継ぎ列車の案内が流れる。西の方面からJRに乗って帰ると淀川に架かる鉄橋の轟音を聞くたびに帰ってきたぁ〜と思う。同じく高層ビルの明かりを見てもそう思う。
 そして「はまかぜ」が大阪駅に到着。ホームに降り立つとムッとする熱気が体を覆う。降りる人は少ない。ホームはすぐに寂しくなった。車内点検を終えたさきほどのソワニエさんも運転士と何やら会話した後、乗務室へと消えていった。
 「はまかぜ」が到着したこの11番線ホームは百貨店の三越が出店するため今年度で消える運命にある。もしかするとこのホームに列車から降り立つのはこれが最後かもしれない。
 
 新大阪から乗り始めて13時間余り。山陰の旅は終わりました。念願だった181系に乗れた上に、最新鋭機の187系、そしてキハ58なども乗車できて1日で回ったにしては十二分な旅を楽しむことができました。しかし、新しい車両に換わるたびに山陰の魅力が薄れていくのは残念でなりません。
 最後は回送で出発する「はまかぜ」を見送って、まこっちゃんと別れました。

「はまかぜ」のあとには
683系の「サンダーバード」が控えている
11番線から回送される「はまかぜ」